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Ema手帖 ~妊娠・出産・育児の体験談やおすすめ絵本のご紹介~

目標100記事。自身の体験を中心に子育てに関する情報を発信します。関東在住。現在4歳女児・0歳男児の母。

30代主婦。レール議論について。

 

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件の中退、起業する彼について、ご本人の記事とそれに対する反応の記事がはてなブログで賑わっている。
 
 
もし、自分の子どもだとしたら言いたいことはたくさんある。けれど、いろいろ考えると、自分にも同じような経験があった。
 
様々な言及記事を読むうちに私も書いてみたくなった。ただ、ブログを書いたご本人のことは深く知らない。批判は彼本人ではなくブログサロンという集団にも向けられている。私はこの辺の関係性はよく存じあげず、よくわかったようなわからないような。ただ、どの記事にも共感できる点が多々あった。
 
私は、完全に部外者だ。この記事において、ご本人がどうあるべきかとか、記事の内容に深く言及するつもりはない。ただ『誰かが敷いたレールの上を歩きたくない』というテーマについて、述べてみる。
 
私も同じようにレールを外れる生き方に憧れた。詳しくは書かぬがレールを外れたりもした。けれど30代になった今はレールの重要性を感じているし、レールに沿った人生が必ずしも退屈なものではないと感じている。レールについての認識の変化は、年齢や経験を重ねることで変わってくるのではないか。
そもそもレールとは何なのか。10代くらいの若者がさすレールは親や先生が決めた進路のことを言っているのだろう。レールは就職して終わりではない。昇進、結婚、育児、など親や先生がいなくなってもなお、あらゆる面で”こうあるべき”という社会通念みたいなものがレールになって現れる。医者の家庭に生まれたら、将来は医者に。女の子に生まれたら、結婚して母親にというように。
 
レールにのっとった人生。エネルギー、時間、そして可能性が無限にある若者には、これほど退屈なものはないだろう。人生の主人公はいったい誰なのか。そのレールの先に何も明るさが感じられなかったら、ただ歩み続けることが苦痛で仕方がない。やりがいもない。無駄だと思うことをする。これは、キツイ。
 
”先が見えない不安”
現状が不安定すぎて人生設計ができないこと。
 
”先が見えている不満”
現状が安定しすぎて退屈に感じること。
 
かつての私はどちらも感じていた。
 
「この勉強意味ある?」
「この仕事意味ある?」
いつも愚痴を溜めて過ごしていた。その鬱屈とした生活を晴れやかなものにするには、自分で行動するしかないのだ。そのなかの選択肢の中に中退と起業もあるだろう。いろんな意見はあるだろうけれど、親には大学に行っていると見せかけ陰でパチンコしたり引きこもるよりは良いのではないか。あたしの周りそんなんばっかでした。批判する大人の気持ちも理解できるし、それでもやってみようとする彼の気持ちも分からなくもない。

 

子どものころから私は「苦労してみたかった」。普通の家庭に生まれて愛情を注がれて育ち、衣食住に困ることもなく生きてきた。今の若者には ハングリー精神がないだの、自分たちの若いころはどうだっただの云々聞かされ育った。暗く、先の見えないニュースばかりが流れ、この社会で生きていくには 今から経験値を相当蓄えておく必要がある。人よりずっと苦労したかった。大人たちになめられたくなかった。脱線してやろう。アウトローに生きてお望み通り苦労してやろう。 と張り切っていた。しかし、実際にその気持ちを伝えると「自分からあえて苦労をする必要はない」「学歴は大事」とみんなが止めた。今までと言っていること が違うではないか。そういうことから大人への不信感は募ったのである。ま、なんやかんや反抗期も高校も卒業して、その後もちょいちょい脱線しつつも今は平 穏無事に過ごしている。

 

レールについての価値観は変わる。

若いうちは少しはみ出しても自分のやりたいことをするのが一番の幸せだと信じて生きてきた。けれど、そんな考えはあっという間に消えた。結婚して子どもができて、将来のことを考えるようになったからだ。自分のやりたいことは後回しにしてでも、守るものがある。今は目先の楽しさに飛びつかないし、つまらないことも我慢もできる。なのに、以前より幸せだと感じている。レールの上を、楽しく上手に走行するスキルが身についた。レールは馬鹿にできない。そして退屈なものでもないのだ。それでも、かつての私には理解できなかっただろう。だから、経験の少ない若者に大人たちが何を言っても馬に念仏だ。耳が痛いことを言われても、「どうせこの人たちは私たちより先に死ぬくせに」と心の中で繰り返し、朗らかにスルーしていた。だが、今思えば良きアドバイスを得たのに、そんな気持ちでいて申し訳ないと感じている。あの時はごめんなさい。

 
ところで、人間は誰でもレールから落ちそうになったり落ちたりする。きめられた道を最初から最後まで安全に走る人はいない。自分の意志で脱線する人、例えば大学を中退して起業することもそうだし、会社を辞めてワーホリに行く人もいる。あるいは、自分の意志とは無関係にレールから外れることもある。事故、災害、病気などもそうだ。例えば介護離職もそうだ。息子が大学を中退してしまうことも、親としては想定外の脱線だ。そういう意味では、皆自分だけのオリジナルなレールを歩んでいる。プラレールでいうと、同じパーツを使っていても、完成する街の姿はまるで違うように。レールを外れることはカッコいいことでもないし、カッコ悪いことでもない。ごく普通のことだと思う。誰にでも起こりうることだ。 
 
若者の最大の長所は無鉄砲さにある。みんなしくじって強くなる。月並みな言葉だけれど、失敗から学んでみんな大きくなるのだ。大人の役割は、若者を失敗させない事ではなく、失敗したものをまた温かく受け入れることにある。(ただし凶悪犯罪は除く)
 
 テーマが何かさえ忘れつつある雑感記事で申し訳ない。そして、今回の記事は件のブロガーの方について、意見したいというものではない。
 
ただちょっと聞いてみたいのは、親御さんの反応だ。
自分の子どもが大学を中退して起業すると言ってきた場合、どう対応するべきか。
現在の子育て世代は、この辺が非常に敏感だと思う。
 
あと15年以上先だが、わたしは考える良い機会になった。
 
できれば、そのご両親がどんな思いだったか、なぜ了承したのか、おちついたら綴ってみてはどうだろうか。中退した本人が書くと叩かれるだろうから親の目線であってほしいものだが。子どもの大学中退で悩む親は多い。しかしその体験を書いた記事は少ない。
 
彼のご両親なら参考になる記事が書けるかと思う。 
 
もし自分の子どもだったなら、とりあえず休学で手を打ちたい。それでもダメなら1年分の学費返済と実家で暮らすならば生活費の支払いを課す。支払い計画に納得がいったら、あとは何も言わずに何も手伝わず、好きにさせようかと思っている。ただ、明らかにおかしなレール(新興宗教や犯罪まがい)を走ろうとしていたらどうしようか。ここから先は想像したくないのでもうやめておこう。
 
以上。